都市のカンサツ08   03.10.17

 
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中野区S邸について

 

いよいよ中野区S邸のオンエアーです。
たまたまですが、板橋区H邸に続き、2作目の放映です。

今回は、中野区S邸について
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この物件は、実は当事務所として最初の契約物件でした。(H邸は少し後)
そんな意味で、独立後、ホントの意味で最初の物件です。
     
当時、勤務先での実務経験はもちろんあるものの、独立後の実作のない時です。
建築業界での信用は、なんだかんだといってキャリアや実績がものをいう世界。
託す金額も大きいですから、「安心できるところを」といのは当然ですね。
しかも、S様ご家族は、みなさんそれぞれの道で活躍されるプロの商売人でありプロの職人です。

そんな方が、商売を始めたばかりの自分を選んでくれた事に対して、大変光栄に思いましたし、
S様に必ず、
「選んで良かった、やっぱり私たちの選択は、大正解だったよね、」
と思わせてみせようと気を引き締めました。

そんな思いで始まった仕事です。

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さて、S様ご家族は、新宿歌舞伎町ゴールデン街の裏にお住まいでした。
生まれも育ちもこの街で、お母様に至っては、70年以上の思い入れのある街です。

始めて、歌舞伎町のお宅に伺った時の感激は、今でも忘れられません。
そして、打ち合わせが始まり、S様の車で歌舞伎町を走っているさなか、

「このネオンの街が、私たちのふるさとなんですよ。」

とおっしゃった言葉が、設計中もずーっと頭の中にありました。

家を建てる事は嬉しいことですが、同時にそれまでの「ふるさと」からお客様を引き離す、という
意味では、暴力なのかもしれない、とその時始めて感じました。

しかも70年も住みなれた街から居を移すわけですから、お母様にとってその環境の変化による心労は
計りしれません。

前職の上司が、「建築は時に暴力だ」とおっしゃっていた言葉を、この時始めて実感しました。

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このような事を感じられたのも、S様のお陰ですし、そうであるならば、今度作る家も、歌舞伎町の
お宅に負けないくらい愛される家をつくろう、住み始めて5年後か10年後には、S様に「私たちの第2のふるさと」
と思っていただけるような、いかにもS様らしい住まい方のできる家をつくろうと考えていました。
これは、前回書いた、「カテイ的であること」に通じる事です。

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どんな敷地でも、よくカンサツすると、必ずポイントとなる場所をいくつか見つけることができます。

それを見つけたら、生活の中で、それが 最大限生きるようなプランを考える、というのが僕のやり方です。
極端にいえば、条件の悪いところは極力感じさせないよう、少しでも魅力的な部分は、最大限その良さを引き出して、
過剰なくらい強調して生活に取り込む、という事でしょうか?
このような操作で、「あたかも良い部分しかないような」空間を実現することができます。
だから、
敷地をじっくりカンサツする事が一番大切ですし、この作業で、快適な家になるかどうかの8割くらい決まってしまいます。

余談ですが、これって、子育てや教育ととても似ています。(また子供ネタですみません。)
同じ子供が、1人もいないように、同じ敷地条件もひとつもありません。
見方によっては、個性がなさそうでも、じっくり付き合うと、一人一人全然違います。
得意、不得意も様々ですが、どうせなら全部平均点であるよりも、好きなこと、得意なことが、
もっと得意に、好きになるように考えてあげたいものですし、その方が、楽しい世界が生まれるのではないかと考えます。
サッカーチームも、 平均的に上手い人を集めるより、足だけは誰にも負けない人、下手だけど運動量がずば抜けている人、
声だしだけは誰にも負けない人、等が集まった方が、良いゲームができますし、時にはチームとして実力以上の力を
発揮することが可能です。

S邸の場合、それは、南東側の視界の抜けるポイントであり、東側の共用通路(路地)でありました。
この二つを最大限活かす平面構成、断面構成とする事で、細長ーい、5mX16mというウナギの寝床のように
なりがちな敷地条件でとても快適で、風が抜け、光溢れる空間が実現できましたし、
近隣の人目を 気にせず、存分に窓を開けられ、外部空間を感じられる生活空間を実現できました。

 
  道路より見る



          
  

  道路より玄関周りを見る。 木戸は、第2の玄関で、柔らかな
  光を導くためのもの。
 
  玄関前より路地を見る。
  路地と玄関をゆるやかにつなげる空間。
    


  

  道路よりガレージを見る。
  巾5mにエルグランドと軽自動車の2台が駐車可能。

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また、元気とはいえ、75才のお母さんが住む、という事もポイントでした。
コンペ案提出時の家のタイトルも「お母さんの家」と付けたように、とにかく家事全般をまかなう75才のお母さんが
快適に動き回ることが可能な空間を目指しました。

一般的には、こういうのを「バリアフリー設計」とか言うようですが、何だか言葉専攻、という感じであまり好きでは
ありませんし、特に「バリアフリーを意識して設計しました」みたいなつもりは一切ありません。
マニュアルに従う、というよりも、「どういうしつらえにしてあげると、お母さんが使いやすいか?」という事だけ
S様と打ち合わせしながら、 考えた結果です。
これも、実は、「個人的」といえるかもしれません。

僕は、小さい頃、父方のおばあちゃんと一緒に住んでまして、母方のおばあちゃん、おじいちゃんにも良く面倒を見てもら
いました。母方のおばあちゃんは、まだ健在で元気で、「ひざの痛くてねー、イスの方が立ったり座ったり楽ばい。」
等と常々言ってるのを見ていた事が、一番ためになってると思います。

        
  2階は全てお母さんの部屋              畳ベット
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先日、入居され、1カ月以上たったS邸にお邪魔しました。
S様らしい家具や小物が置かれ、お母さんの大好きな「ゆうちゃん(石原裕次郎」もおかれ、いかにもS様らしい暮らしぶりに
感激しました。
まだまだ、慣れない部分も多いかも知れませんが、存分にS様らしさを発揮して、住みこなして頂きたいと考えています。

そして、S様ご家族にとって、大好きな「第2のふるさと」と思える場所になってくれると、本当に嬉しいです。

最後に、御迷惑もたくさんおかけしましたが、S様には設計をさせて頂き、心より感謝しております。ありがとうございました。

   

 

 

では、またいつの日か。