05.12.15 ゆずってください・・・。
我が家のバイブルが「スラムダンク」である事は有名ですが、
ここ数年、僕が愛読している雑誌は、月刊誌「文芸春秋」です。
一応、その時流に合わせたテーマで毎月特集が組まれるのですが、「月刊誌」である事が、この雑誌の面白いところです。
作家の塩野七生さんが毎月、各号に寄せて文章を書かれているのですが、その中で月刊誌であることに対する面白いご意見がありました。
情報誌ではあるのだけれど、毎月の締めきりは発売の20日前との事。そして、月刊誌なので発売されるとその後1ヶ月間書店に並ぶという運命にある雑誌です。
どういう事が起こるかというと、例えば、先日の総選挙にしてみても、発売は開票後なのに、テキストは開票前に入稿する必要があるのです。
一般的に、情報誌といえば、いかに他社をすっぱ抜くか、いかに新鮮な情報を載せるかが、重要視される傾向があるため、その瞬間は新鮮だけれども、次の週には、全然違う事実が生まれていたりします。でもそんな事、おかまいなしに、情報は消費され、ほとんど書いたモン勝ち、売れればそれでいい、という世界です。
そのような傾向のため、真実がゆがめられて報道されたり、一部を肥大化した取材になりがちです。スポーツなんかは、それでもいいんでしょうけど、大きな事件などについては、毎週変わる見解に、雑誌社も、読む側も振り回されてしまいます。
ところが、これが月刊誌になると、もう、そんな情報の変化にいちいち対応できないので、別の視点が必要になります。
だから、塩野氏は、「10年後に読んでも新鮮な視点を感じられる文章」を目指して、各時代のトピックスに寄稿されているそうです。しかも、現在イタリア在住のため、さらにその意志が強いそうです。
この塩野氏のようなスタンスでおそらく作られているのが、「文芸春秋」という雑誌だと僕は感じています。だから、「総選挙」「ホリエモン」を取ってみても、その多面的に論じられる記事は、かなり読み応えが有りますし、全く正反対の立場の意見が、同時に同じ本の中に寄稿されていたりして、仮に「結果」が出た後に、読み直してみても「あ、そんな見方があったんだ」と毎回勉強になります。
実は、この「月刊誌」のスタンスって、建築の設計にとっても似ているなーと最近よく考えるのです。
建築は、その構想から、完成まで、小さな住宅でも約1年、大きなプロジェクトだと数年の期間を要します。そして、完成した建物は、その後少なくとも数十年もの間、その場所に建ち続ける運命にあります。
だから、建築の世界においては、情報誌みたいに、「あっ、これが今流行だからやってみよう。」と思っても、出来上がるのが1年後なのですから、その時には、ブームが終わっていたりするのです。そしてそんなスタンスで設計をしてしまうと、逆に
「今時、ストーンウォッシュはいてるよー、だせー。」
という様な結果になってしまいます。
あんまり建築では、このような事は起こらないのですが、建て売りや一部メーカーなどでは、たまにこのような悲惨な状況が起こり、流行を追ったばっかりに時代錯誤のような住宅ができる事があります。
とにかく、1つの建築物を作り上げるのは、とても時間と労力がかかるのです。
だから、安易なデザインは使い捨ての情報と同じで、ただ「流行だから」で建物をつくってはいけません。
さて、そんな気の長い業界の僕の設計のスタンスは明解です。
それは、
「関わる全ての人が、建物が完成するまで、夢中になって、ドキドキできる設計案をつくる事。」
そして、
「完成したら、お客さんに引き渡したくない、くらい愛情が湧く建物をつくる事。」
です。
すみませんが、本当にこんな「個人的な」気持ちが、僕の設計のモチベーションになっています。
だから、設計を決める段階では、ご家族のご要望を満たした上で、
「これはどんな事をしてでも実現してみたい。」
という案になるまで、徹底的にスタディーを重ねます。
だって、建物を完成させるには、施工業者や各職人さんなど、多くの人たちの力が必要なのです。その人たちを巻き込んで、良い建物をつくるためには、まず自分たちがその案に夢中に慣れなくては、実現は到底無理ですし、その気持ちが、各職人さん達に伝わる事が、現場での緊張感に繋がると考えているのです。
そして、そんな事を考えながら、各御家族の理想の家を実現する事が、実は、
「普遍的な家のかたち」
へ繋がっていくのではないかと、日々考えています。
だから、正直、建物が完成すると、まず思うのが、
「この建物、僕にゆずってくれないかな・・・・?」という事です。
要は、引き渡してしまうのがおしいだけで、お金はありませんが・・・。
さて、先日無事、オープンハウスを終えた「植木さんの家」も明日引き渡しです。
ああ、手塩にかけて育てた娘を嫁に取られるような気分です。
ああ、なんとか、引き渡さないで済む方法がないものか・・・・?
父親は、今日は眠れないかも知れません。
しかし、引き渡しても、親子の絆はなくなりません。
1年後、2年後、10年後の娘の姿が楽しみでもあります。
相手の方も、娘をとても大切にしてくれそうだし・・・・。
もしかしたら、娘が何かわがままや悪さをする事もあるでしょう。
しかし、そこは勘弁してやって下さい。何かあったらいつでも飛んでいきます。
今晩は、そんな結婚前夜の父親の心境。
明日、鶴川駅についたら、娘の門出を祝って、
チューリップのの「青春の影」でも歌ってやるとしましょう。
きみのーこころーへつーづく ながい いっぽんみーちはー・・・・。
おしまい。